一生に一度は登って見たかった!!日本一の山
*富士山登山決意まで。
日本一高い山だと認識していたが、4年前の東京での研修の際、偶然バスの中から富士山を見て思わずその嬉しさに歓声を上げた。それ以来、あの神秘的な容姿の富士山を見る度に“一度登って見たいなあ”と心の中でつぶやいていた。韓国人である私が見る度に嬉しさと喜びを感じる富士山、日本人にとってはどのような存在なのだろうかと興味が湧いて来た。
昨年、富士山に登った主人が、それを機会に大好きなタバコをピタッと止めたのには本当に驚いた。富士山は私にも何かをきっと教えてくれるに違いないと強く思うようになり、少しでも若いうちに実現したかった私に、夏休みに入って間もなく、通訳のお仕事で知り合った登山家の先生から突然お誘いの連絡があった。
“思えば通じる”と言う言葉があるように、嬉しさと不安に戸惑いながらチャンスを見逃すまいと早速予定を調整し、登山の日程を決めて準備に取り掛かった。
今まで山に登った事もない私に、果たして3776mもの山に登る事が出来るのだろうか。日が近づくに連れて新しい事へのチャレンジにワクワク、ドキドキして不安が増してきた。
忙しそうに登山用のグッズを揃えている様子を横で見ていた次男が、突然一緒に登りたいと言い出し、私自身の事で精一杯なのに、途中で息子に足を引っ張られないだろうかとの心配もあったが、運良く専門家の先生が同行してくださる事なので心強い。度々は出来ない経験なので、旅行社に席を確保して一緒に冒険の旅に出る事にした。
出発までは子供たちと近くの烏ガ岳や姫髪山へ登りトレーニングを重ね、万全の体調で臨めるように努めながら、久し振りに子供たちと自然の中を歩く登山の心地良さ、頂上で食べるおにぎりの味は最高だった。トレーニングで流した汗のせいか体重が少し減ったのが何より嬉しい。富士山から帰った後の体重が今からとても楽しみだ。
*「備えあれば憂い無し」
先ず山頂では悪天候で落雷の恐れもあるので、携行品リストを見ながら防寒具や携帯品の用意をしっかりする必要がある。
タンスの中から毛糸の帽子や手袋・服を探し出し、登山靴から着替えまで先生の細かいアドバイスを受けて
万全の準備完了。
18:30 自宅出発。
20:00 京都着。
まず出発前に栄養補給のため、京都で韓国料理店を営んでいる妹の店に寄り車を預け、スタミナ抜群の参鶏湯、カルビチム、冷麺、チジミなどいっぱい食べて元気もりもり。
22:30
集合場所の伏見竹田駅に到着。登山の出で立ちをした人達が続々と集まってくる。
23:10
夜行バスに乗るや早速消灯。期待したバスの中での楽しいガイドの説明は一切なし。期待感で興奮して中々眠れない。
翌朝
06:00
途中で3回休憩を取りながら念願の最初の目的地、富士山5合目に到着。晴天だ!
指定の場所(雲上閣)の大広間で少し休憩。
本番の登山服に着替え、登山の準備を整える。
10:30
鍋うどん定食の昼食。
11:00
5合目の標識(標高2305m)の前に集合。記念写真後、専門ガイドを先頭に33人は後ろに続いてゆっくりと登り始める。
私達を案内してくれる70歳の男性ガイドさんは、登山シーズンなので忙しいらしく、一時間前に下山したところだという。途中のいろんな楽しいお話を期待していたが、ガイドは最初から疲れた顔付きで無口のまま、痛そうな足を引きずるように歩きながら度々休憩を取って5〜6時間登り続けた。何もない火山灰の上を一言もしゃべらず只管歩くだけだった。心配した息子はガイドより先を歩き心配は全くなし。私の心と頭の中は無心状態、これが修行なのかなと、山岳修行の境地を垣間見たような気がした。
17:00
やっと仮眠の場所8合目、標高3200mの小屋(白雲荘)に着いた。
早い夕食(カレー)を食べ、朝食分のお赤飯を貰い仮眠の所に案内された。狭い所に詰め込まれた小屋で次第に寒さが増してくる。
気温は約12℃、真夏の下界から来た者には寒さが身に凍みる。
18:00
着替えも出来ないので重ね着して布団の中に入る。
隣の方々は交替で鼾を掻きながら深い眠りに入るが、私は頭がチクチク痛くなり、恐ろしい高山病を初めて経験し苦しむ。
遥々ここまで来たのに、高山病で頂上に登れないのかと思うと悔しくて堪らない。
皆に内緒で来たら良かったのにと後悔した。
健康だけは誰よりも自信のある私が、こんな高山病に掛かり苦しむなんて想像もしなかった。
腹式呼吸をしながら酸素を吸い込むが頭の痛みは酷くなるばかり。
何とか明日は皆と目的地の頂上で御来光が見られますように!!と祈る。
あ〜苦しいよ。誰か助けて!!と狭い小屋の中で一人叫び続ける。
小屋の中は夜中も、絶えず入って来る人の足音や話し声で市場のようにうるさい。
23:00
小屋の中で高山病と闘っている内に起床時間。
24:00
いよいよ御来光を見るため、頂上を目指して最後の登山が始まる。
厚着で防寒対策をし、懐中電灯を持って頭痛を我慢しながら行列の中に入り込んだ。
暗い山道を歩く様子は、まるで蟻さんの行列のようで途切れることなく延々と続き、なかなか先に進まない。一歩一歩ゆっくりと無心になって歩き出すと、ふっと、リヤカーで世界一周をした永瀬忠志さんの歌が思い出された。
「ゆっくり歩いて」
一歩ずつ 一歩ずつ歩いていこう
ゆっくり ゆっくりと歩いていれば
それだけ それだけ多くの事が
心に刻まれる
一歩ずつ 一歩ずつ生きて行こう
ゆっくり ゆっくりと生きていれば
それだけ それだけ 生きてる 事を
感じて 感じて生きて行ける
一歩ずつ 一歩ずつ 歩いていこう
ゆっくり ゆっくりと 歩いていれば
たとえ たとえ 道は険しくても
くじけずに くじけずに 乗り越えて
・・・・・・・・・・・・
他のグループは若いガイドさんが元気よく楽しそうに掛け声をかけ、励ましながら登っていくのが羨ましかった。
将来、少しでも富士山の事について為になる情報が得られるのではないかと期待していたが、諦めて酸素吸入に専念した。
04:00
念願の富士山頂上に着いた。無事に登頂目標を叶える事が出来、3人は手を取り合って喜びを噛みしめた。御来光までには時間があるので、お店屋さんの開店を待って中に入り込み朝食を取った。
流石に山での飲食代は上に登るほど高くなっており、ここでは最高値になっている。
頂上でしか買えないお土産を買って、温かいお味噌汁と甘酒を飲み、御来光を待つ。
突然、先生が大きなリュックから登山用のかわいらしいコッヘルを取り出し、お湯を沸かして美味しいHot coffeeを作ってくれた。先生のリュックは人一倍大きく、その中に何が入っているのか不思議に思っていたが、頂上でやっとその疑問が解けた。
04:30
やがて遠くが真っ赤に染まり始め、天地開闢の瞬間が目の前に・・・・
オーロラのような幻想的な御来光を見て、思わず両手を合わせ祈った。いつの間にか頭の痛みも忘れ、記念写真に夢中。鉢めぐりは時間的に無理だったが、運良く雲一つ無い快晴で本当にラッキー!
05:00
下山開始。富士スバルライン8合目で先生と息子は小屋の方に入ったので別れてしまった。
下りる道は火山灰でフワフワ、石はごろごろ、何回も転げながら危ない道を早足で走り続ける。
08:00
早く6合目に着いて休憩していたら先生から連絡が入り、7合目辺りから息子の足が痛くなったとのこと。馬に乗って下りて来るようにとお願いし、心配しながら下りて来るのを待った。
09:00
先生が息子のリュックを前に掛けて下りてくる。とうとう先生にお世話になってしまい、申し訳なく思いながら先生と息子の到着を待つ。
09:30
息子が自力で下りて来たので一安心。
10:00
昨日出発した5合目に着いた。先生と息子が先に着いて美味しいアイスクリームを食べながら私の到着を待っている。いろんな困難を乗り越え無事に下りることが出来た。
11:30
フィットリゾートホテルに到着。温泉で疲れと汗を流しリラックスした後、地元で採れた美味しい食材の惣菜で昼食。
13:30
山梨県の御坂農園で、お世話になった方々へのお土産に美味しい桃やぶどう、ワイン、お菓子など沢山のお買い物をして帰路につく。
20:30
京都駅着、タクシーで西院(妹の店)へ。
22:30 帰宅。
農園で買って来た美味しい果物やお土産袋が無い!
誰かが持ち帰って美味しく食べてくれれば良いと思う反面、折角買ったのにと、何日間も怨めしく思った事も苦い思い出の一つになった。
*登頂を終えて。
生まれ初め経験した高山病と闘いながらの登山は、決して楽ではありませんでしたが、念願の富士山の頂上で御来光を息子と共に迎えられた事に、私は人一倍の喜びと嬉しさを感じたような気がした。
この度の登山を通して自然の恵みと自然の厳しさを全身で感じた事や、雄大な富士山を登って見てやはり「百聞は一見に如かず」だった。
最後に、この様な貴重な体験が出来たのは「ハイキングクラブ舞鶴山遊会の仲西先生」の人を思う優しい配慮と細かいご指導のお陰だった。
私と息子に命の杖とカッパなど用意してくださり、心の支えになってくださった優しい仲西先生、本当にありがとうございました。
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